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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)2683号 判決 1997年10月31日

原告

守本芳郎

右訴訟代理人弁護士

城塚健之

坂本団

被告

ホーヤ株式会社

右代表者代表取締役

鈴木哲夫

右訴訟代理人弁護士

朝倉正幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成八年一月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告を退職した原告が、退職する際に、早期退職者を優遇する制度である「セカンドキャリア選択プログラム制度」(以下「キャリア選択制度」という)の適用により、七〇〇万円の加算金の支給を受けられるはずであったのに、被告はこのうち二〇〇万円しか支払わないとして、被告に対し、その差額である五〇〇万円の支払を求めたのに対し、被告が、キャリア選択制度は四五歳以上の従業員を対象とした制度であり、当時四五歳未満であった原告にはそのまま適用されるものではないとして、これを争っている事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、ガラス製品等の製造販売等を業とする株式会社である。

2  原告は、昭和五二年一月六日被告に入社し、近年はクリスタル事業部に所属し、平成六年七月以降は同事業部が分社したホーヤガラス株式会社に在籍出向の形で勤務し、平成八年一月一一日付けで退職した。

3  被告は、平成六年三月頃、四五歳以上の職員を対象として、早期退職者を優遇する制度であるキャリア選択制度を創設した。

4  被告は、原告の退職に伴い、通常の退職金及び年収一年分に加え、特別加算金二〇〇万円を付加して支払った。

二  原告の主張

1  被告は、キャリア選択制度によっても、退職者が予想通り集らなかったことから、その後、四五歳未満の職員にも同制度の適用範囲を拡大することとした。そして、被告の寺内正和管理部長(以下「寺内」という)が、平成六年末頃、数度にわたって、大阪において勤務する従業員のほぼ全員を集めた説明会の席上において、キャリア選択制度を四五歳未満の者にも適用すると表明した。

2  原告は、平成六年末当時四二歳であったが、前記拡大によりキャリア選択制度が原告にも適用されることを、平成七年二月中旬頃、労働組合の植村茂副委員長(以下「植村」という)を通じ、寺内に確認したところ、同人から適用するとの回答を得た。

3  原告は、平成七年四月頃、被告に対し、上司である山本英則大阪店長(以下「山本」という)を通じ、キャリア選択制度の「自営」として退職する旨申し出、被告はこれを了承した。すなわち、原被告は、原告の退職に際してはキャリア選択制度を適用する旨合意した。

4  キャリア選択制度の「自営」を選択した場合、原告については勤続一五年を越えているので、七〇〇万円の選択定年加算金が支払われることになっている。しかしながら、被告は二〇〇万円しか支払わない。

したがって、差額の五〇〇万円及びこれに対する退職日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  キャリア選択制度を四五歳未満の職員に適用したことはない。ただし、四五歳未満の職員にも、やむを得ないと判断される場合には、本社人事部の承認を条件に、次のような柔軟な措置をとることとしていた。

(一) 平成八年三月末までに四五歳に到達する場合、会社都合退職金、年収加算金及び選択定年加算金を適用する。

(二) 平成八年三月末までに四五歳に到達しない場合でも、年齢四〇歳前後で、将来の生活設計がしっかりしている者に対しては、会社都合退職金、一定の年収加算金を支給する。

2  したがって、原告に対しキャリア選択制度を適用する旨の合意をしたことはない。原告の主張2記載の事実は、植村が、一般論として、四五歳未満の者にも退職金について柔軟な措置があるのかどうかを尋ねたため、寺内がそのような措置がある旨答えたにすぎない。

3  原告の退職に至る経緯は次のとおりであった。

原告は、平成七年九月上旬頃退職の意向を示し、加算金の上乗せを求めた。そこで、寺内は、原告が阪神大震災の被害にあっていることに対する心情と原告の過去の実績を勘案し、前記の措置に加え、二〇〇万円の加算金を支給する旨の提案をしたが、原告は難色を示していた。しかしながら、原告から一〇月下旬に退職届が届けられたため、被告は人事部の決済を経て、原告に二〇〇万円を支給する旨を説明し、原告はこれを了承した。被告は、これに基き、加算された退職金を平成八年一月一一日原告に対し支払った。

三  争点

原告に対し、キャリア選択制度を適用して七〇〇万円の加算金を支給する旨の合意が、原被告間に成立していたかどうか。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告は、バブル崩壊後の構造不況に起因する業績悪化に対処するため、平成六年から人事政策の見直しに着手していたが、同年三月頃、人員削減政策の一貫として、早期退職者を優遇する制度であるキャリア選択制度を導入することとした。この制度は、平成六年度及び七年度の二年間に限り、四五歳以上の社員で早期退職する者に対し、退職後の進路選択に応じて種々の優遇措置を講ずるというものであるが、その中で、退職して自営を営む者に適用される優遇措置とは、次のようなものであった。

<1> 年収一年分の年収加算金の支給

<2> 選択定年加算金(退職時の勤続年数、格付、年齢により、最大一〇〇〇万円)の支給

<3> 会社都合退職一時金の支給

<4> 開業資金の融資斡旋

2  その後、四五歳未満の被告社員の中からも、キャリア選択制度の適用を求める声があがったことから、被告は、四五歳未満の社員にもキャリア選択制度に準じた次のような特例を認めることとした。

<1> 平成八年三月末までに四五歳に到達する社員に対しては、キャリア選択制度をそのまま適用する。

<2> 平成八年三月末までに四五歳に到達してない社員であっても、四〇歳前後で、退社後の進路計画がしっかりしている者については、会社都合退職金と年収加算金を支給する。

なお、この取扱いは、従業員に対して周知公表することはされず、個別に退職の申出があったときの一応の基準に過ぎず、実際の適用は、被告の裁量にゆだねられる部分が多かった。また、適用の内容については、人事部長の決済を得ることが条件となっていた。

3  寺内は、被告のクリスタル事業部の管理部長として、同事業部におけるキャリア選択制度適用の最高責任者であった。

4  平成七年二月頃、原告は、植村に対し、自分にもキャリア選択制度の適用があるかどうか、名前は出さないで寺内に確認して欲しいと依頼した。植村は、これを受け、同月頃、東京本社において行われた会議において寺内と同席した際、同部長に対し、「私よりも一歳年下の者で退職希望者がいるのですが、この場合キャリア選択制度の適用をしてもらえるのでしょうか」と尋ねたところ、同部長は、「うん、いいよ」と答えた。植村は、この寺内の回答をそのまま原告に伝えた。

5  原告は、平成七年四月末頃、上司であった山本に対し、得に退職の時期を明示することなく、退職の意向を示したが、同人は原告を慰留した。その際、原告は、山本に対し、退職条件を確認したところ、同人は、「君は四五歳未満だからといって七〇〇万円の選択定年加算金が七五〇万、八〇〇万と高くなるわけではない」という趣旨の返答をした。原告は、山本に対し、寺内に退職条件を確認するように依頼したが、山本は、原告が退職したがっているとの噂が広がることを慮り、特に確認することはしなかった。

6  平成七年八月二四日、社員会(労働組合)の要請を受け、被告と社員会の間で、三役折衝がもたれた。この席で、社員会側は、四五歳未満の退職希望者に対してもキャリア選択制度の選択定年加算金を支給するよう要請したが、被告は、無理である旨回答した。

7  平成七年八月頃、原告は、山本に対し、原告が退職する場合のキャリア選択制度の適用について、寺内に確認して欲しい旨依頼した。山本は、同年九月四日、寺内に対し、原告の退職条件について確認したところ、寺内は、会社都合による退職になり一年分の年収加算はあるが、それ以外の加算金は出ない旨答えた。そこで、山本は、その旨原告に伝えた。

8  平成七年一〇月一三日、被告の大阪店において、原告、寺内及び植村の三者間で話合いがもたれた。その席上原告は、「選択加算金が七〇〇万円支給されると聞いた。七〇〇万円支給される前提で今後の生活設計をしているので支給されないと困る」旨主張したが、寺内は、これを拒否し、「私の独断で二〇〇万円程度なら加算してもよい」旨答えた。しかしながら、原告がこれを承諾しなかったため、寺内は、「条件が不服ならば退職せずに会社に残って欲しい」旨慰留したが、原告は退職の意思を変えなかった。

9  原告は、平成七年一〇月末頃、被告に対し、平成八年一月一一日付けで退職する旨の退職届を提出した。そこで、寺内は、特別加算金の二〇〇万円について人事部長の決済を得る手続をとり、被告は、平成八年一月一二日頃、原告の銀行口座に、退職金、年収加算金及び二〇〇万円の加算金を振り込んだ。

二  以上の事実を前提に検討する。

1  まず、前記認定によれば、キャリア選択制度は、四五歳以上の従業員が退職するに際し、優遇措置を講ずる内容の制度であり、四五歳以上の従業員に関しては、その制度は、基準さえ満たせば一律に適用されるものであったが、四五歳未満の従業員に関するキャリア選択制度の適用は、一律に適用されるものではなく、退職を希望する従業員との間で、個別に退職条件が定められるものであったことが認められる。

この点、原告は、四五歳未満の者にもキャリア選択制度が一律に適用されることとなっていた旨主張し、寺内が平成六年末頃、大阪店の従業員を集めて、四五歳未満の者に対してもキャリア選択制度の適用がある旨説明したと主張する。そして、原告本人がこれに沿う供述をする他、(書証略)にも同様の記述がある。しかしながら、(人証略)がいずれもこれを否定していること、原告本人の供述及び(書証略)のいずれも説明会の開催された日時を特定しておらず、開催の具体的状況も曖昧であることに照らし、右各証拠はにわかに信用できない。かえって、前記のとおり、平成七年八月二四日の三役折衝において、被告は、四五歳未満の退職希望者に対し選択定年加算金を支給することを拒絶していること、平成七年九月四日、山本が寺内に対し、原告の退職条件について確認したところ、寺内は、会社都合による退職になり一年分の年収加算はあるが、それ以外の加算金は出ない旨答えていること、(書証略)によれば、平成六年七月から平成八年三月にかけて四五歳未満で退職した者七名のうち、キャリア選択制度と同様の加算金を支給されている者は一名(平成六年七月付けの退職者)に過ぎず、原告を除く他の五名は、年収加算金の他には加算金を全く支払われていないことが認められることからすれば、四五歳未満の退職者に対しては、一律にキャリア選択制度が適用されてはいなかったことが認められるから、原告の主張は理由がない。

2(一)  前記のとおり、四五歳未満の従業員については、キャリア選択制度を一律に適用するとの取扱いであったとは認められないのであるから、原告が被告に対し七〇〇万円の選択定年加算金を請求することができるためには、原告と被告との間で、原告が退職するに際しそのような選択定年加算金を支給するとの個別の合意が存在することを要するというべきである。

そこで、原告と被告との間にそのような合意が成立していたかどうかを検討すると、前記認定の事実関係に照らせば、そのような合意が成立していたとは認められない。

(二)  確かに、平成七年二月頃、植村に対し、寺内はキャリア選択制度の適用を肯定するかのような回答をしているけれども、これは原告の退職を前提にしたものではないことが明らかであるから、これをもって原告と被告との間に何らかの合意が成立したと見ることはできない(なお、この寺内の発言が、仮に当時四五歳未満の者が退職する場合にはキャリア選択制度を適用する旨の発言であったとしても、原告に対してこれを適用するとの意思のもとにされた発言でない以上、いずれにせよこの発言の存在を根拠に原被告間に前記のような合意が成立したとすることはできない)。

(三)  また、原告は、同年四月頃、原告が山本に退職を申し出た際、原被告間において、原告の退職についてキャリア選択制度を適用することが合意されたとも主張するが、その際の山本の発言は、原告に対して七〇〇万円を超える加算金が出ないことを述べたに過ぎず、これが直ちに原告の退職条件について合意したことを示すものとまではいえないことは前記認定から明らかであるし、このとき原告が山本に対し退職条件について寺内に確認するように依頼していることに照らしても、そのような合意が成立したと認めることはできない。

(四)  結局、原告と被告との間で、具体的な原告の退職条件について協議されたのは、原告が寺内と面談した平成七年一〇月一三日が最初であったと見る他はなく、このときに原告と被告との間で被告が原告に対し七〇〇万円の選択定年加算金を支給するという合意が成立していないことは、前記認定に照らし明らかである。そして、他に原被告間に原告が主張するような合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

三  以上の次第であるから、原告の請求は理由がないので、棄却することとする。

(裁判官 谷口安史)

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